古文訳 Flashcards
七日になりぬ。同じ港にあり。
七日になった。 同じ港にいる。
かくてもあられけるよと、あはれに見るほどに、
このようにしても住むことができるのだなあと、しみじみ見ているうちに、
一道にたづさはる人、あらぬ道のむしろにのぞみて、
何か一つの道に従事する人が、専門外 の道の席に出て、
御前に参りて、ありつるやう啓すれば、
中宮の御前に参上して、先ほどの次第を申し上げると、
ありありてかくはるかなる国になりにたり。
結局このように(都から)はるかに遠い国の国司)になってしまった。
ありもつかず、 いみじうもの騒がしけれども、いつしかと思ひしこ となれば、
落ち着かず、(家の中が)たいそう取り込んでいるけれど、早く(帰京したい)と思っていたことなので、
ありとある人は、みな浮雲の思ひをなせり。
あらゆる人は、みな浮雲のような(不安な)思いをしている。
(大夫の監)「おい、さり。おい、さり。」とうなづきて、
(大夫の監は)「おお、そうだ。おお、そうだ。」とうなずいて、
まことにやさぶらふらむ。さらば、いかにめでたからむ。
本当でございましょうか。 それなら、どんなにすばらしいことでしょう。
親の前に臥すれば、ひとり局に臥したり。さりとてほかへ行けば、 異心ありとて騒がれぬべし。
(乳母が児に添って)母親の前で寝るので、(乳母の夫は)ひとり乳母の局 に寝ている。そうかといって他所へ行くと、二心があると言って妻(乳母) からきっと騒がれるに違いない。
霜のいと白きもまたさらでも、いと寒きに、
霜がたいそう白い朝も、またそうでなくても、たいそう寒い朝に、
船に乗りては、楫取の申すことをこそ、高き山とたのめ、など、かくたのもしげなく申すぞ。
船に乗った時は、船頭申すことを、高い山のように(確かなものとして)あて にするというのに、どうして、このように頼りないことを申すのか。
待つ人はさはりありて、頼めぬ人は来たり、 たのみたる方のこと は違ひて、 思ひよらぬ道ばかりはかなひぬ。
待つ人はさしつかえがあって(来ずに)、 (来ることをこちらに)あてにさせない 人はやって来る、期待している方面のことははずれて、思いがけない方面のこ とだけはうまくいってしまう。
太刀うちはきて、かひがひしげなれば、たのもしくおぼえて、召し具して行くほどに、
馬子は)太刀を腰にさげて、頼もしそうなので、頼りになると思われて、 供に召し連れて行くうちに、
「笛つかうまつりて、御衣かづきてはべる。」と、持ておはしたり。
「笛をお吹き申し上げて、御衣を褒美として頂戴しました。」と言って、いただ いた衣を持っていらっしゃった。
御使ひに、なべてならぬ玉などかづけたり。
お使いには、並々でない美しい裳(礼装の際の衣服)などを、褒美として与えた。
かづきたる衣をうちのけたるを見れば、
かぶっていた着物を脱いだのを見ると、
春の夜はならひにかすむものなるに、四方の村雲うかれきて、 かづけどもかづけども、月おぼろにて見えざりけり。
春の夜は霞んでいるのが常である上に、四方から群雲が漂ってきて、水中にも ぐってももぐっても、月がおぼろで見えなかった。
春の夜はならひにかすむものなるに、四方の村かれきて、か づけどもかづけども、月おぼろにて見えざりけり。
春の夜は霞んでいるのが常である上に、四方から群雲が漂ってきて ぐってももぐっても、月がおぼろで見えなかった。
流るる水の気色こそ時をもわかずめでたけれ。
流れる水の様子は、四季を区別することなくすばらしい。
たまはせたる物おのおの分けつつ取る。
(大納言が)くださったものは各々分配しては取る。
ふりにける岩のたえ間より落ちくる水の音さへ、ゆゑびよしある 所なり
古びた岩の切れ目から落ちてくる水の音までも、何かわけがありそうで趣深い 所である。
今はかくふりぬる齢に、 よろづのことを忘られはべりにけるを、
今はこのように老いてしまった年齢で、すべてのことを自然と忘れてしまい したのに、
隔てなく馴れぬる人も、程へて見るは恥づかしからぬかは。
心の隔てなく慣れ親しんだ人も、時間がたって会うのは、気がねがな いことがあろうか、いや気がねされるはずだ。
ひたふるの世捨人は、なかなかあらまほしき方もありなん。
一途に俗世間を捨てて仏道修行する人は、かえって好ましい面もきっとあるであろう。
鞠も、かたき所を蹴出だして後、やすく思へば必ず落つと侍るや らん。
蹴鞠も、むずかしい場合を(うまく)蹴当てたあと、やさしいと思うと必ず落ちるものと、(その道の教えに)ございますとか。
男女をば言はじ、女どちも、契り深くて語らふ人の、末まで仲よき人、かたし。
男女の間は言うまい、女同士でも、深い関係で親しく交際しあう人で、最後ま で仲がよい人はまれだ。
すべて神のこそ捨てがたくなまめかしきものなれや。
だいたい神社こそ捨てにくく優美なものであるよ。
遠き所より思ふ人の文を得て、かたく封じたる続飯などあくるほ ど、いと心もとなし。
遠い所から思い人の手紙をもらって、厳重に封をしてある飯粒の糊などを開ける間は、たいそう待ち遠しい。
月花はさらなり、風のみこそ、人に心はつくめれ。
月や花は言うまでもなく、風が特に、人にしみじみとした気持ちを起こさせる ようだ。
身のあきを思ひ乱るる花のうへの露の心はいへばさらなり
(私はあなたに)飽きられた身のつらさに思い乱れている。花の上に置く はかない露のような気持ちは、とても言葉で言い尽くせない。
さらにもあらず、 一百九十歳にぞ、今年はなり侍りぬる。
言うまでもなく、(私は)百九十歳に、今年はなりました。
もとの品、時世のおぼえうちあひ、やむごとなきあたりの、うちう ちのもてなしけはひ後れたらむは、さらにも言はず、何をしてかく 生ひ出でけむと言ふかひなくおぼゆべし。
もとの家柄と、今の世間の評判とがつりあっていて、高貴な家柄の姫) で、実際の物腰や雰囲気が(他の女より) 劣っているようなのは、言うま でもなく、どうしてこのように育ったのだろうかとつまらなく思われる でしょう。
「少納言、香炉峰の雪いかならむ。」と仰せらるれば、格子あ げさせて、御を高くあげれば、笑はせ給ふ。
「少納言、香炉峰の雪はどうだろうか。」と(中宮様が)おっしゃるので、御格 子を上げさせて、御簾を高く上げたところ、(中宮様は)お笑いになる。
徳大寺にもいかなるゆえか侍りけん。
徳大寺でもどんな理由があったのでしょうか。
「いかにせむ。」とばかり言ひてものも言はれずなりぬ。
「どうしようか。」とだけ言って、後は何も言えなくなってしまった。
いとどなよなよと我かの気色にしたれば、いかさまにと思しめしまどはる。
(更衣は)いっそうなよなよとして正体もない有様で横になっているの ではどのように(したものか)と途方にくれていらっしゃる。
「いかやうにかある。」と問ひ聞こえさせ給へば、
「どのようであるか。」とお尋ね申し上げなさると、
かく人に恥ぢらるる女、いかばかりいみじきものぞと思ふに、女の 性はみなひがあり。
このように男性に気後れされる女(というもの)が、どれほどすばらしい ものかと思うと、(実は) 女の本性はみなねじけている。
うちなびく春の柳とわが宿の梅の花とをいかにか分かむ
うちなびく春の柳(たおやかさ)と私の家の梅の花(のみやびやかさ)とをどうして優劣の区別がつけられようか、いやつけられない。
徒歩路もまた恐ろしかなれど、それは、いかにもいかにも地に着きたれば、いとたのもし
徒歩もまた恐ろしいもののようだが、それは、どうにでもどうにでも地 面に(足が)着いているので、たいそう頼りになる。
同じ古言と言ひながら、知らぬ人やはある。ただここもとにおぼえながら、 言ひ出でられぬはいかにぞや。
同じ古歌というものの、知らない人があろうか、いやいない。ただも とまで思い出しているのに、言い出せないのはどういうことか。
いかにして聞き給ひけることにあらむと、思へども思へどもいとあやし。
どのようにして(あの人は歌のことを)お聞きになったのであろうかと、 考えても考えてもたいそう不思議である。
義仲都にていかにもなるべかりつるが、これまで逃れくるは、汝と 一所で死なんと思ふ為なり。
(私)義仲は都で死ぬはずだったが、ここまで逃げてきたのは、お前と同 じ所で死のうと思うためである。
つゆも、物空にかけらばふと射殺し給へ。
わずかでも、何か空を走ったなら、さっと射殺してください。
木の葉に埋もるる覚のしづくならでは、つゆおとなふものなし。
木の葉に埋もれる算(水をひく樋)のしずく以外には、全く訪れるものも音を立 てるものもない。
ただ涙にひちて明かし暮らさせ給へば、見たてまつる人さへ露けき秋なり。
(帝はただ涙に濡れて昼夜お暮らしになるので、(それを)拝見する人まで涙がちになる秋である。
目さめぬれば、幾夜も寝れず、心をすまして、うそぶきありきな ど、世の常ならぬ様なれども、人に厭はれず、よろづ許されけり。
(この僧は)目が覚めてしまうと、幾晩も寝ないで、心の濁りをなくし、詩歌を じて歩き回るなど、世間の普通の様子ではないけれども、人に嫌われず、すべてが許された。
よろづ自由にして、おほかた人に従ふといふことなし。
何事につけて自由気ままであって、全然人に従うということがない。
何事につけて自由気ままであって、全然人に従うということがない。
だいたいは住居によって、(持ち主の性格など)事の様子は推測されるものだ。
人を遣りて見するに、おほかた逢へる者なし。
人をやって見させたところ、全然(うわさの鬼に)会っている者はいない。
おぼかた、この所に住みはじめし時は、あからさまと思ひしかども 今すでに五年を経たり。
そもそも、この所に住み始めた時は、ほんのしばらく(ちょっとの間)と思ったけれども、今までにもう五年が経過している。
かねてのあらまし、皆違ひゆくかと思ふに、おのづから違はぬこ ともあれば、いよいよ物は定めがたし。
以前からの予想が、みなはずれてゆくかと思うと、たまにははずれないことも あるので、ますます物事というのは一概には決めにくい。
ただ亡からむのちのあらましごとを、明け暮れ思ひ続け給ふに、も の心細くて、
ただ(自分が)亡くなった後の将来のことを、明け暮れ思い続けなさるに つけても、何となく心細くて、
夕陽に子孫を愛して、 栄ゆく末を見んまでの命をあらまし、
夕日のように傾きかけた年齢で子や孫を愛して、(それが)栄えてゆく先 を見るまでの命を期待して、
ただ言ふ言葉も、口惜しうこそなりもてゆくなれ。
直接言う言葉も、だんだん情けなくなってゆくようだ。
ただ今日も君には逢はめど人言を繁みはずて恋ひわたるかも
すぐに今日にもあなたに逢おうと思うけれど、人の噂がうるさいので逢わずに恋しく思い続けることだなあ。
おごれる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。
おごり高ぶっている人も長くは続かない。ちょうど春の夜に見る夢のようだ。
ただなる人にはよもあらじ。
普通の人ではまさかあるまい。
ものふりたる森のけしきもただならぬに、玉垣しわたして、 綿かけたるなど、いみじからぬかは。
何となく古びた森の趣も並々でない気配がする上に、玉垣を結いめぐらして、榊に木綿をかけてあるのなど、すばらしくないだろうか、いやすばらしい。
さは言へど、上戸はをかしく罪許さるるものなり。
そうは言っても、酒飲みはおもしろく、(多少の)罪は許されるものである。
「背ける甲斐なし。さばかりならばなじかは捨てし。」など言はんは、むげのことなり。
「(そんなことでは)世を捨てている甲斐がない。その程度であるならど うして世を捨てたのか。」などと言うのは、全くひどいことである。
下様より事起こりて、させる本説なし。
下層階級から(そのような)風習が始まって、たいした根拠はない
などさは臆せしにか、すべて、おもてさへ赤みてぞ思ひ乱るるや。
どうしてそのようには気後れしたのであろうか、全く、顔まで赤くなって途方に暮れることだよ。
形にはづる所もあれば、さはいへど、悪にはうとく、善には近づくことのみぞ多き。
(剃髪や法衣などの)形を恥ずかしく思うこともあるので、そうは言って も、悪には遠く、善には近づくことだけが多い。